日記概略
愛刀「竹光丸」
腰痛の治療もかねて居合の道場に行き、そこで、更なる愛刀をゲット。
どうでしょう!
まるで、時代劇の名刀のような輝き!
その名も、竹光丸です!!
いえ、単に竹光なんですがね(^^;
私の剣の振りは、小さく小手先で振る剣道の点取り打ち込みの悪い癖が完全に染み付いているので、それを矯正するための素振り用と、抜刀・納刀の練習用の刀です。
真剣を主に用いる実戦流派とはいえ、竹光を使わないわけではないのです、はい。
長さは、2尺4寸を薦める先生に生意気にも逆らって、2尺4寸5分にしました。
私は身長に比べて手が長く手のひらがでかいので、長い刀じゃないと合わないんですよね。
ちなみになんと、うちの家紋の九曜の紋入り。
これは特注でもなんでもなく、偶然、先生が持ってきた4本の竹光のうち、たまたまこいつに九曜の紋が付いていただけなのですが、これもまた、何かの運命というものでしょう。
樋が入っているので、振ればヒュンヒュン音がします。
何より、うっかり刃を触っても切れないのが最高!
なにやら、靖国奉納演武なんていう声もちらほらと聞こえる季節ですが、ド初心者の私としては、しばらくこいつで基本の練習をしようと思っています。
どうでしょう!
まるで、時代劇の名刀のような輝き!
その名も、竹光丸です!!
いえ、単に竹光なんですがね(^^;
私の剣の振りは、小さく小手先で振る剣道の点取り打ち込みの悪い癖が完全に染み付いているので、それを矯正するための素振り用と、抜刀・納刀の練習用の刀です。
真剣を主に用いる実戦流派とはいえ、竹光を使わないわけではないのです、はい。
長さは、2尺4寸を薦める先生に生意気にも逆らって、2尺4寸5分にしました。
私は身長に比べて手が長く手のひらがでかいので、長い刀じゃないと合わないんですよね。
ちなみになんと、うちの家紋の九曜の紋入り。
これは特注でもなんでもなく、偶然、先生が持ってきた4本の竹光のうち、たまたまこいつに九曜の紋が付いていただけなのですが、これもまた、何かの運命というものでしょう。
樋が入っているので、振ればヒュンヒュン音がします。
何より、うっかり刃を触っても切れないのが最高!
なにやら、靖国奉納演武なんていう声もちらほらと聞こえる季節ですが、ド初心者の私としては、しばらくこいつで基本の練習をしようと思っています。
日記概略
モリタカ撮影会
やっぱり、オタクといえばモリタカでしょう!
……というわけで、オタクセレブの名にふさわしく、単独モリタカの撮影会を敢行しました。
というわけで、写真を見ておわかりの通り、モリタカはモリタカでも、盛高です(笑)
そう、ついに脇差が出来上がってきたのです!
(例によって安刀なので、全然セレブでもなければ、オタクかどうかも怪しいネタですが(笑))
実際には、脇差ではなく鎧通し(よろいどおし)と呼ばれる短刀の一種ですね。そいつに、小刀拵(ちいさがたなごしらえ)で、殿中差(でんちゅうざし)の形を取らせたものです。
私の場合には、脇差というよりも、居合での前差となるものなので、なるべく小さい脇差が必要で、こういう手段を取った次第。
短刀にわざわざ脇差のマネをさせるので拵えは特注になってしまいましたが、江戸城への登城の際の殿中差を、将軍家への敬意を示すためにあえて殺傷力の低いとされる短刀とし、その拵のみを小刀拵にした例が多数ありますので、決して、伝統に背いているスタイルというわけでもないんです。
ちなみに盛高氏は、現代まで続く名刀匠の家系で、今は刀造りだけでなく、鉈や包丁、ナイフなどの実用刃物の手作りメーカーとなっていらっしゃいます。
http://park12.wakwak.com/~moritaka/infomation.html
この私の盛高は、恐らく江戸初期の出来とのこと。
盛高の良いところは、刀匠の家系でも最も長い系譜を持つ一族の一つなので、上出来の刀であっても比較的安価に入手できるところにあります。いずれも同じ「盛高」の銘なので、研究も楽しいものです。
あくまでも、実用刃物にこだわり続けてきた歴史をお持ちなんですよね。
ちなみに、私の盛高は、命名好きな妻によって「ちさと」と名前を付けられています。
……いや、それは盛高じゃなく、森高だから。
……というわけで、オタクセレブの名にふさわしく、単独モリタカの撮影会を敢行しました。
というわけで、写真を見ておわかりの通り、モリタカはモリタカでも、盛高です(笑)
そう、ついに脇差が出来上がってきたのです!
(例によって安刀なので、全然セレブでもなければ、オタクかどうかも怪しいネタですが(笑))
実際には、脇差ではなく鎧通し(よろいどおし)と呼ばれる短刀の一種ですね。そいつに、小刀拵(ちいさがたなごしらえ)で、殿中差(でんちゅうざし)の形を取らせたものです。
私の場合には、脇差というよりも、居合での前差となるものなので、なるべく小さい脇差が必要で、こういう手段を取った次第。
短刀にわざわざ脇差のマネをさせるので拵えは特注になってしまいましたが、江戸城への登城の際の殿中差を、将軍家への敬意を示すためにあえて殺傷力の低いとされる短刀とし、その拵のみを小刀拵にした例が多数ありますので、決して、伝統に背いているスタイルというわけでもないんです。
ちなみに盛高氏は、現代まで続く名刀匠の家系で、今は刀造りだけでなく、鉈や包丁、ナイフなどの実用刃物の手作りメーカーとなっていらっしゃいます。
http://park12.wakwak.com/~moritaka/infomation.html
この私の盛高は、恐らく江戸初期の出来とのこと。
盛高の良いところは、刀匠の家系でも最も長い系譜を持つ一族の一つなので、上出来の刀であっても比較的安価に入手できるところにあります。いずれも同じ「盛高」の銘なので、研究も楽しいものです。
あくまでも、実用刃物にこだわり続けてきた歴史をお持ちなんですよね。
ちなみに、私の盛高は、命名好きな妻によって「ちさと」と名前を付けられています。
……いや、それは盛高じゃなく、森高だから。